切り替えるのが苦手だと自覚している人間にとって、心の中に溜まった感情を外に出すことは、単なる「相談」以上の意味を持つと思います。かつての僕が、誰にも何も言えず、一人で心の壁に感情をぶつけ自分に返ってくるだけの「壁打ち」の日々を振り返りながら、今思うことを綴ります。
1. 感情は、言葉にしないと「実体」にならない
苦しいとき、私たちの頭の中は得体の知れない「何か」に占領されます。それは形のない霧のようなもので、頭の中に留まっている限り、ずっと僕たちを支配し続けます。
自分の気持ちを誰かに話す、あるいはこうして文章として外に出すことは、その霧に「名前」をつけて「形」を与える作業です。 「あぁ、僕はあの時、怒っていたんじゃなくて、ただ悲しかったんだ」 言葉にして初めて、自分の感情を客観的に眺めることができるようになります。
2. 「正論」よりも「共鳴」が必要な夜がある
僕はつい「解決策」を求めてしまいます。でも、心の痛みに関しては、論理的な正解が必ずしも救いになるとは限りません。
かつて友人が、僕の悩みに対して深い追求をせず、ただ隣でキャッチボールをしてくれたように。 「話す」とは、相手に解決してもらうことではありません。自分の内側にある熱を、誰かとの間にそっと置かせてもらう。その「共有された空間」があるだけで、孤独の毒気は少しだけ薄まるのです。
3. 沈黙は、ときに人を「過去」に縛り付ける
一人で抱え込むことは、過去の嫌な出来事を脳内で何度も「再放送」し続けることです。一人で反芻している間、僕はあの部室から一歩も出られずにいました。
誰かに話すことは、その再放送のスイッチを切り、現在(いま)という時間軸に自分を連れ戻す儀式です。他者の視線が入ることで、凝り固まった記憶に「新しい解釈」が加わります。
4. 信頼を「練習」する
「誰かに話す」ことは、相手を信頼する練習でもあります。 裏切られるのが怖い、弱みを見せたくない。そうやって自分を守るために作った「テトラポッド」のような硬い殻も、ときには隙間を作らないと、新しい風が入ってきません。
完璧に理解してもらえなくてもいい。ただ「今、自分はこう感じている」と発信する。その勇気が、自分と世界を繋ぐ細い糸になります。気軽に利用できるオンラインカウンセリングを利用してみるのもありです。
結びに代えて
もし、あなたが今、かつての僕のように「壁打ち」を続けているのなら。 まずは信頼できる誰かに、あるいはこのブログのコメント欄でも構いません。あなたの「今」を、少しだけ外にこぼしてみてください。
言葉にすることは、自分を許すことにつながるのだと思います。

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